2012年11月21日

ヱヴァンゲリヲン観てきた

ヱヴァQ観てきましたよ。TV放送効果か、やはり待ち望まれていたのか火曜のレイトショーなのに満席。
帰り際、「わけわかんねぇよ」と言う言葉が聞こえる一方、「だからあれはさ」とか「これはそうだから」とか考察する声が聞こえるのもヱヴァンゲリヲンの作り方の巧さなんでしょうね。


さて、ネタバレですが

序はリメイクというか新作画の総集編、破もトウジとアスカの入れ替えなどはあったけれど基本的にリメイク。でQが本当の意味で新劇場版という感じなわけです。ある意味、みんなここからが観たかったのではと。

中身はというと、破のあとシンジくんが目を覚ますと14年後でした、という序盤。
ほとんど説明されないうちに「おまえには責任をとってもらうための自爆装置つけときます」とか「もうなんにもしないで」とか。破の最後からするとびっくりするミサトの冷たい対応。んで、ミサトたちはゲンドウたちネルフとは敵対関係にあるらしい。

シンジはレイが迎えに来てネルフの元へ。そこでカヲルといちゃいちゃしながら冬月にレイは母親のコピーなんだよと知らされ、カヲルにシンジはサードインパクトを起こす引き金を引いたと聞かされた上に、肝心のレイはやっぱり助けられず。んで絶望するシンジ。昔の逃げまくりシンジくんに逆戻りした上に、やさしい言葉をかけてくれたカヲルくんを怪しい宗教のように妄信して暴走。
フォースインパクトを引き起こす引き金を再び引こうとしてカヲルくんがそれを引き留める代わりに爆死。

すべてに絶望したシンジくんはちっさく縮こまっていじけてしまいました。

と、まとめるとこんな感じ。

唯一の希望はTVや最初の劇場版と違ってまだアスカがまともなこと。「わたしを助けてくれないのね」という台詞は、冒頭の「何とかしなさいよっバカシンジ」の台詞の後に覚醒してアスカを救ったシンジに僅かな期待をしてるのかな。

サードインパクトの元凶になったわけだから、新キャラたちのシンジに対する感情に憎しみがあるのはわかるんだけど、ミサトに関しては破の最後から直結してる視聴者からするとちょっとなぁ…と。

爆殺ボタンに手をかけなかったところから「ミサトもシンジのことを見捨てられない」という感情があるというのはわかるんだけど、なら、もうちょっとシンジに説明しなさいよ、と。敵が来てそんな暇なかったといえばそれもわかるんだけど、あの冷たい態度を受けたらそりゃ反発しますよ。実際、ミサトの言葉を聞かずにネルフに行っちゃったし。

カヲルは今回爆死してしまったんだけど、これで終わりってことはないよね?だとしたらとんだかませ犬です。マリはシンジの母親の写真に似てる人が映り込んでいたし、「ゲンドウくん」という台詞などから昔からそこに関わってた人なんでしょうな。あとは最後、"初期ロット"と言われたレイがアスカとシンジに着いていったこと。何となく自我っぽいものが芽生えそうな雰囲気があったので、最後にかかわってくるんでしょうかね。マリが彼女のことを器と言っていたことが鍵になりそうな気も。


基本的に必要だったり重要だったりな部分はひた隠しのまま専門用語とか部分的なことだけを伝えてくる手法は変わらない。だからこそいろいろと周りは考察したくなるんですよね。そして、続きが気になる。

やはり作り方が巧いと感じるQでした。


問題はあと一回で全部風呂敷畳めるのかということ。だって今回の映画こそが新劇場版の序章な感じがするもの。またケツまくって欲しくはないのだ。
posted by 天誅丸 at 22:34| Comment(0) | アニメ
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